Maria Muldaur : Vocal
Hadley Hockensmith : Electric Guitar
Harlan Rogers : Keyboards
Michael Omartian : Piano (4)
Rick Kelly: Synthesizer
Abraham Laboriel : Bass
Bill Maxwell : Drums
Alex Neciosup-Acuna: Percussion
Larry Hirsh : Percussion
Delbert McClinton: Harmonica (6)
Greg Smith, Lon Price: Woodwinds
Lee Thornburg, Darrell Leonard: Trumpet
Jim Price : Trombone
Joh Phillips : Flute (3)
Charity, Linda, Sam and Howard McCrary: Back Vocal
Marvin and Vicki Winans : Back Vocal
Kristle Murden, Dani McCormick : Back Vocal
Darrell Leonard : Arragement
T-Bone Burnett : Producer
[Side A]
1. Keep My Eyes On You [T-Bone Burnett]
2. I Was Made To Love You [Stevie Wonder, Syreeta Wright]
3. There Is A Love [Syreeta Wright, Curtis Robinson Jr.]
4. Sondown [Howard McCrary, Alfred McCrary]
[Side B]
5. I Do [Connie Johnson]
6. Infinite Mercy [Lyn Laboriel, Abraham Laboriel]
7. In The Holy Name Of Jesus [Aaron Purdie]
8. Is My Life In Vain [E. Twinkie Clark]
Recorded at Magnolia Sound, North Hollywood, CA
本作はTボーン・バーネット作曲の1.「Keep My Eyes On You」から始まる。ロックはリフで決まる!という鉄則通りの曲で、ギターを主体としたどっしりしたサウンドは、一世を風靡したディランのローリングサンダー・ツアーのサウンドを彷彿させ、聴いていて心がワクワクする。マリアの歌も従来に増してソウルフルで、乗りに乗って気持ちよさそうだ。艶のあるギターソロ、重みのあるブラスセクション。曲自体はディランがクリスチャンになった頃の作品「Saved」(1980)と相通じるものがあり、Tボーン・バーネットがディランに与えた影響の大きさを物語るものだ。2.「I Was Made To Love You」は、スティーヴィー・ワンダーと、一時期彼の奥様だったことがあるシリータ・ライトとの共作とクレジットにあるが、謎の曲だ。アルバムのコピーライトのクレジットには1971年とあるが、彼の資料を調べてもこの曲の情報がないのである。1967年の曲「I Was Made To Love Her」の改作とも考えられるが、歌詞は違うしメロディーも同じようでいて違うかなという感じ。共作者も違うんだよね。歌詞の内容もキリストの賛美の歌であるが、一般的なラブソングとして聴く事もできる。洗練されたコード進行、素晴らしいメロディー、しなやかなリズム、シンセサイザーのサウンドなど、どれをとっても一流で、マリアのエモーショナルなヴォーカルが最高。特にエンディングのアドリブパートでは、地声、裏声、可憐声、ダミ声と声色を使い分けて心の襞を繊細に表現してゆくあたりは大変な説得力があり、彼女のボーカリストとしての成長が伺える作品だ。3.「There Is A Love」はシリータ・ライトによる内省的な愛の歌。ここでのコピーライトは1982とあり、本人が録音した記録がないため、本作のための書き下ろしと推測される。シリータ・ライト(1946-2004)はスティービー・ワンダーと出会って一緒に曲を書き始めてから才能が開花する。1970年に二人は結婚し、わずか18ヶ月で離婚するが、その後もしばらく二人の音楽活動は続いた。彼との共作で一番有名な曲は、最近では2003年にイギリスのボーカルグループ、ブルーがカバーした「Signed, Sealed And Delivered (I'm Yours)」(1970)だろう。またバック・ボーカリストとして、クインシー・ジョーンズ、パトリース・ラッシェン、ビリー・プレストン等の作品に参加。1998年に彼女がプロデューサーを担当したジャズ、ワールド・ミュージックがジャンルのダオウド・アブベイカー・バレワの作品「Ambiance II」に本作のカバーが収録されている。アコースティック・ギターのアルペジオ、キーボード、そしてフルートソロによるサウンドは透明感があり、クールな雰囲気が漂っている。
4.「Sondown」は傑作。作者のハワード・マックラリーは新しいスタイルのゴスペル音楽を追求した兄弟グループ、マックラリーズの一員で、ジェームス・イングラム、クインシー・ジョーンズ、チャカ・カーン、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、マイケル・ジャクソンなどの作品に参加、グループとしてはアルバムを発表したほか、ジャクソンズの前座やTV番組「ソウルトレイン」への出演などがある。ここではチャリティー、リンダ、サムの仲間が参加している。スローなイントロから、一転アップテンポのサンバのリズムに乗せて、マリアが疾� �するように歌う。歌詞の内容はキリストの受難と復活をテーマにしたものであるが、「Son (神の子)」と「Sun (太陽)」のダブルミーニングになっていて、その世界は深遠でキリスト教に留まらないスケールの大きな普遍的な愛の歌になっているように感じる。サンバの部分でのリズムセクションの躍動感は最高。メキシコ生まれのベーシスト、アブラハム・ラボリエルは当時大変人気のあった人で、ゲイリー・バートン、ジョージ・ベンソン、ラリー・カールトン、ハービー・ハンコック、ライオネル・リッチー、チャカ・カーンなど無数のセッションに参加している。ここではムチのようにしなるベースプレイを聴かせる。6.を共作している奥様のリン・ラボリエルはゴスペル歌手だ。ドラムスのビル・マックスウェルはゴスペル音楽界ではプロデューサーとしても有名な人。アレックス・アクアはペルー生まれの異色パーカッショニストで、� �ャコ・パストリアス等と同時期にウェザーリポートに在籍して製作された「Heavy Weather」(1977)で名声を確立、ジョニ・ミッチェル、リー・リトナー、チック・コリアと共演している。本作ではこの曲だけに参加しているピアノのマイケル・オマーティアンは、スティーリー・ダン、ロギンス・アンド・メッシーナ、ロッド・スチュワートなどの作品に参加。その容姿に問題ありとして躊躇するレコード会社を説得して、クリストファー・クロスをデビューさせたというエピソードがある。後年はゴスペル音楽界での活躍が目立ち、ここでも跳ねるようなプレイを聴かせてくれる。演奏する人たちに精神的な一体感が感じられる出色の曲だと思う。
人は再びトップをポップ歌った?
5.「I Do」はアップテンポの力強い曲で、分厚いブラスとリズムギターのカッティングにガッツがある。女性牧師兼シンガーとして活躍するリタ・ジョンソンの曲。歌詞の内容は神への奉仕を熱っぽく語るものだ。6.「Infinite Mercy」もR&B調のリラックスした演奏で、後半盛り上がる。ここでハーモニカソロをプレイするデルバート・マックリントンは、テキサスをベースとしてカントリー、ブルース、ソウル、ロックを融合したスタイルを打ち立てた人で、自身多くのソロアルバムを発表したほか、ボニー・レイットやタニア・タッカーの作品にもゲスト参加している。7.「In The Holy Name Of Jesus」もイエス・キリストを賛美するストレートな内容の歌詞をもった曲で、前半はシンガー・アンド・ソングライター風の曲調で、後半ゴスペル調となりブラスとリズムがわっと前面に踊りだすという、対比が面白い曲。情熱的な曲が続いた後に、最後の曲8.「Is My Life In Vain」はぐぐっと渋いブルージーな曲で、ギターのリフが大変カッコイイ。「私の人生は無駄だったのか?」という問いかけに、「もちろんそうでない」と返す歌詞が説教調ではあるが、クールで臭みのない演奏。自分の本音で歌うマリアの誠実な態度に打たれ、聴き終わった後に余韻が残る。ここではゴードン・ライトフット、ニール・ダイアモンド、フィル・キギーなどの作品に参加し、自身もソロアルバムを出したハドリー・ホッケンスミスのギター・ソロが聴きものだ。その他曲ごとのクレジットがないので、正確にはどの曲か特定できないが、ウィナンズという現代ゴスペル音楽のパイオニアと呼ばれるグループより、マーヴィンとヴィッキー・ウィナンがバックボーカルで参加している。
ジャケットの紫の色が大変鮮やか� �、私のマリア・マルダーに対するイメージカラーがパープルになったのはこの作品のおかげだ。もともとゴスペルやスピリチュアルを好んで歌ってきた彼女であるが、1979年に娘のジェニーが起こした交通事故が、きっかけであったという。宗教にこだわらずに、魂の音楽として多くの人に是非聴いてもらいたい作品。
Maria Muldaur : Vocal
[1〜6]
John Sholle : Guitar
Mac Rebennack : Piano
Michael Moore : Bass (1,3,4,5)
Walter Booker : Bass (2)
Gary Bristol : Bass (6)
Richard Crooks : Drums
Bob Gurland : Voice Trumpet
[7〜10]
Kenny Barron : Piano
Seldon Powell : Tenor Sax (7,9), Soprano Sax (8,10)
Michael Moore : Bass
Ben Riley : Drums
David Nichtern : Producer
[Side A]
1. Cooking Breakfast For The One I Love [Henry Tobias, William Rose] M12
2. Adam & Eve Had The Blues [Sippie Wallace]
3. Blues For Hoagy [George Clinton, Richard Reicheg]
4. There's Going To Be The Devil To Pay [Billy Hueston, Bob Emmerich]
5. Sweet And Slow [Harry Warren, Al Dubin] M10
6. Brother, Seek & Ye Shall Find [Frank Crum, Robert G. Stewart]
[Side B]
7. Oh, Papa [David Nichtern] M3
8. Lover Man (Oh Where Can You Be) [Jimmy Davis, Jimmy Sherman, Roger (Ram) Ramirez] M2 M6 E16 E64 E65 E89
9. Gee Baby, Ain't I Good To You [Don Redman, Andy Razif] M19 M32 E6 E66
10. Prelude To A Kiss [Duke Ellington, Irvin Gordon, Irvin Mills]
Recorded at December 1982 Skyline Studios NYC, NY
注)上の写真がオリジナル・ジャケット(LP盤)、下の写真がCD再発盤
前作のゴスペルに続き、本作も彼女念願の企画だったと思う。アメリカン・ミュージックのルーツに深い愛着を持つ、彼女ならではのジャズのレコードだ。レコードのA面、B面でテーマとバック・ミュージシャンを変え、小編成のバンドによる伴奏で勝負し、華やかなゲストもいない。こじんまりとはしているが、とても面白い作品になった。ここで掲載した写真では判りにくいが、深い緑を基調とした美しい背景に、白黒写真に人工着色を施したマリアのポートレイト(黄色のバラを手にしてピアノに寄りかかる様がいかにも「歌姫」風)と、楽譜を配置したジャケットが本作のアンティックな雰囲気をうまく出していた。
A面はドクター・ジョンのニューオリンズ・スタイルのピアノを中心とした編成で、ブルースとジャズが影と陽の ようにキラキラする演奏だ。彼のピアノの上手さが際立っていて、テクニックのみに留まらない、伝統に深く根ざしたコクの強いプレイを聞かせてくれる。タッチの強さ、スローもアップも自在のリズム感。本作では彼は歌わず伴奏に徹している。ギターのジョン・ショールは、ジャンゴ・ラインハルトのスタイルを取り入れたジャズ・ギタリストの草分けの一人で、むしろブルーグラスの愛好家でクロウト受けしていた人だ。ジャズのソニー・スティット、ベット・ミドラー、デビッド・グリスマンからピーター・ローワンまで幅広いジャンルの作品に参加したほか、1979年にはラウンダー・レコードからソロアルバム「Catfish For Supper」を発表している。ベースのマイケル・ムーア(1945- )は、「Sweet Harmony」1976 M4にも参加していた人で、数多くのセッションをこなした人らしい手堅いプレーだ。1「Cooking Breakfast For The One I Love」は、エセル・ウォータース、ベッシー・スミスと並ぶ女性ジャズ・ボーカリストの黎明期に活躍したアネット・ハンショー(1901-1985)という歌手が1930年にヒットさせた作品。彼女はベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、レッド・ニコルズ、ジョー・ベヌーティーなどと共演したが、若くして引退しレコード会社の重役の奥様になったそうだ。ここでのアレンジはリズムがモダンな感じになっている以外は、比較的オリジナルに忠実に再現している。この曲は映画「Funny Lady」(1968年)のモデルとなった、ボードヴィルやラジオで活躍したコメディエンヌ、ファニー・ブライスの持ち歌でもあった。作者のウィリアム・ローズは「It's Only A Paper Moon」の作者でもある。2「Adam & Eve Had The Blues」はテキサス州ヒューストンを本拠地に活躍した女性ブルースシンガー、シッピー・ウォーレス(1898-1986)の作品(資料によっては兄のピアニスト、ハーシェル・トーマスの作品というものもある)。彼女の全盛期は1920年代で、ボニー・レイットが彼女のアイドルとして公言している人だ。ルイ・ア−ムストロングが初期のバンド、ホット・ファイブでこの歌をカバーしている。ドクター・ジョンのピアノ全開のサウンドをバックに、マリアが太い声で気持ちよさそうに歌う。ベースのウォルター・ブッカー(1933-2006)は、ソニー・ロリンズ、キャノンボール・アダレイのバックをしていた人。3「Blues For Hoagy」は本作のなかでは新しい曲のようで、ファンク音楽界で活躍するジョージ・クリントン(1940〜 )の作品。タイトルのホギーは「Stardust」や「Rockin' Chair」「Georgia On My Mind」の作者ホギー・カーマイケルの事かな? 4「There's Going To Be The Devil To Pay」はジャズ・ピアノの巨人ファッツ・ウォーラー(1904-1943)が1935年に吹き込んだ曲。アップテンポの演奏によるグルーブ感が凄く、本作ではどちらかというと、リズム・ギターでの貢献が大きいジョンのギターソロも聴ける。その合間に入れるマリアの掛け声が自然で、スタジオライブによる一発録音と推定される。エンディングのマリアによるスキャットも好調。5.「Sweet And Slow」は、ファッツ・ウォーラー、ミルス・ブラザーズなどにより1930年代に流行った曲で、エラ・フィッツジェラルド、ジェリー・マリガンや、変わったところでは1971年にダニー・クーチ率いるジョー・ママがカバーしている。スローでブルージーな曲で、マリアのスウィートな歌声が最高に気持ち良く、バンドのタメを効かせた演奏も素晴らしい。ここでは長いイントロでのドクター・ジョンのプレイが余裕たっぷりで貫禄勝ち。ピックアップを使用しない生のアーチドトップ・ギターによるジョン・ショールのソロ演奏が負けじと押している。 6.「Brother, Seek & Ye Shall Find」もファッツ・ウォーラーが歌った作品で、軽快な曲なんだけど、すぐに終わってしまう。
宇多田ヒカルは、モーションの歌詞を行う
B面はしっとりしたムードの演奏で、ピリっとした緊張感に満ちていて、リラックスした雰囲気のA面との対比が効果的だ。マリアの作品に多く参加してきた人で、「Midnight At The Oasis」の作者でもある本作のプロデューサー、デビッド・ニクターンの企画の勝利といえよう。ちなみに本作が彼がマリアと関わった最後の作品となった。その彼が作曲した最初の曲 7.「Oh Papa」は、「Waitress In A Donut Shop」 1974 M3で歌っていた名曲の再演。サックスを入れたスモールコンボによるパフォーマンスは、マリアのジャズものとしてベストの出来であると思う。ピアニストのケニー・バロン(1943〜 )はモダンジャズ・ピアノの巨人の一人で、数多くのリーダー作の他、デイジー・ガレスピー、フレディ・ハバードなど無数のセッションに参加している。タッチ、音選びの繊細さ、正確さは類を見ない人で、ブルース・フィーリングもばっちり、いかにもマリア好みのプレイだ。サックスのセルドン・パウエル(1928-1997)は、自己名義のアルバムは少ないものの、ルイ・アームストロング、チェット・ベイカー、クインシー・ジョーンズ、ロバータ・フラック、アストラット・ジルベルトなど、幅広い音楽の伴奏で威力を発揮した人で、歌伴としては最高の口当たりのよいソロを挿入してくれる。8.「Lover Man」は、彼女が昔から歌い続けてきた曲で、今回が3回目の録音となる。ビリー・ホリデイ1944年の録音が決定版とされ、それに比べるとマリアは重量・貫禄不足かなという感じもするが、彼女らしい可憐さを売り物としているので、悪くはないのだ。現在の彼女がこの曲を録音したらどういう風に歌うのかなと思いながら聴くのも楽しみだ。9.「Gee Baby, Ain't I Good To You」は、ファッツ・ウォーラー等と曲を書いたアンディ・ラザフ (1895-1973)、ジャズ界ではアレンジャーとして有名なドン・レッドマン (1900-1964)による作品で、これもビリー・ホリデイ1957年の録音が有名な曲だけど、ジェフ・マルダーのファンにとっては、1975年の「Geoff Muldaur Is Having A Wonderful Time」 E33におけるジェフとエイモス・ギャレットとのセッションが忘れられない曲だ。ここでも気持ち良さそうにブルースを歌うマリアに加えて、一音一音を噛み締めるように弾くケニー・バロンのピアノ・プレイが聴き物。10.「Prelude To A Kiss」は繊細で微妙なメロディー、コード進行が印象的なジャズ・ジャイアント、デューク・エリントンの作品で、ちょっと難しすぎないかなあという感じなんだけど、マリアさんは果敢に挑戦している。
夜部屋を暗くして、お酒のグラスを片手に静かに聴くには最高の作品。1995年にStony Plain Music から異なるジャケットデザインでCD化された。
Maria Muldaur : Vocal
Archie Williams Jnr. : Electric Guitar, Back Vocal
Mike Eje : Bass
Nick Milo : Keyboards
Brent Rampone : Drums
Mo Foster : Percussion, Hammod Organ
Peter Van Hooke : Percussion
Chas Jankel : Hammond Organ
Henry Lowther, Steve Sidwell : Trumpet
Malcolm Griffiths : Trombone
Ray Warleigh, Bob Sydor : Sax
Linda Taylor, Roly Salley, Barry Martin : Back Vocal
Mo Foster, Peter Van Hooke : Producer
[Side A]
1. Talk To Me [Jerry Lynn Williams]
2. There Must Be A Better World Somewhere [Doc Pomus, Mac Rebennack]
3. It's In The Book [Caesar]
4. Sweet And Slow [Harry Warren, Al Dubin] M9
[Side B]
5. Rio De Janeiro Blue [John Hoeny, Richard Torrance] M11 M14 E53
6. Ain't No Man Righteous [Bob Dylan]
7. Never Make A Move Too Soon [Stix Hooper, Will Jennings]
8. What About A Price [Caston, McFadden]
収録: Ronnie Scott's Club, London
マリア・マリダーのイギリス公演のライブ。会場のRonnie Scott's Clubは、自身有名なサックス奏者のロニー・スコット(ビートルズの「レディ・マドンナ」の間奏のサックスソロでも有名な人)が、1959年ロンドンのソーホー地区に開いたジャズ・クラブで、ヨ−ロッパで最も名門とされ、ロニー本人亡き現在も健在。バックを勤めるのは、当時の彼女のハウスバンドで、ギターのアーチー・ウィリアムス・ジュニアーは、スターシップやホットツナに在籍したキーボード奏者ピート・シアーズのアルバムに参加している。ニック・マイロは後にタワー・オブ・パワーに参加したほかに、ジョー・コッカーなどのセッションにも顔を出している。また、1980年代にカリフォルニアに住むミュージシャンにより製作された企画作品「Usual Suspects」シリーズ E53, E55, E57で、キーボードによるインストルメンタル作品を提供している。調査した限りでは、彼らのレコーディング・キャリアは地味で、スタジオ・セッションというよりはライブ演奏主体のミュージシャンだったと思われる。そのためか、全体的に小粒な印象を受ける。プロデューサーは優秀なベーシストでもあるモー・フォスター。彼以外にホーンセクション、バックコーラスがイギリスのミュージシャンであり、本作がイギリスで制作・販売されたことが分かる。私は長い間この作品の存在を知らず、1993年のソロアルバム「Jazzablle」M14の日本語解説が初めてだった。
1.「Talk To Me」はレコードラベルではボニー・レイット作とあったが間違いで、正しい作者はジェリー・リン・ウィリアムス(1948-2003)。テキサス州を本拠地とし、リトル・リチャード、若き日のジミ・ヘンドリックス、ジミー・リードと演奏活動を行う。彼の作品はエリック・クラプトン、ドゥービー・ブラザース、ボビー・ウーマック等に歌われている。ボニー・レイットは、ソロアルバム「Green Light」1982年で本曲をカバーした。アップテンポの威勢の良いR&Bで、マリアの元気一杯のボーカルが楽しめる。チョッパー・ベースが張り切り、サックスソロとギターソロがフィーチャーされ、ブラスセクションがバックで聞こえる。トランペットのヘンリー・ロウサーは、ジョン・メイオール、ブライアン・フェリー、フェアポート・コンベンション、プリテンダーズ、ヴァン・モリソンのセッションに、スティーブ・シドウェルはジョージ・マイケル、ハワード・ジョーンズ、スパイス・ガールズ、ロビー・ウィリアムスの作品に参加している。トロンボーンのマルコルム・グリフィスは、アレクシス・コーナー、ブライアン・フェリー、ジョージ・マイケル、ビョークのセッションに、サックスのレイ・ワーレイは、フィル・ウッズな� ��のジャズ作品の他、アレクシス・コーナー、ロイ・ハーパー、ニック・ドレイクの作品に参加。彼は、私の大好きなジョン・レンボーンやバート・ヤンシュの作品にも参加し、素晴らしいプレイを披露してくれてた人。 ボブ・シドールはエルトン・ジョンやビョークの作品で名前を見かける人。2.「There Must Be A Better World Somewhere」はブルースの王者B.B.キング1981年の同名のアルバムに収録されていた曲で、作者でありバックでピアノを弾いていたドクター・ジョンことマック・レベナックは、1995年のアルバム「Afterglow」で歌っている。彼がR&B界最高の作曲家の一人であるドク・ポ−マスと共作したスケールの大きい曲。マリアがこれだけ思い切りシャウトするブルースは初めてで、とても気持ち良さそうに歌っている。イントロと間奏のギターソロがグルーヴィーで、分厚いブラスセクションがカッコイイ。3.「It's In The Book」は、ブラスとコーラスをフィーチャーした、アップテンポの情熱的なディスコ風ゴスペル・ソングであるが、作者など曲の詳細は不明。前作のタイトル曲であるスローなテンポの 4.「Sweet And Slow」は、じっくり歌われるが、バックバンドが役不足かな?
「Transblucency」M11、「Jazzablle」M14にスタジオ録音版が収録された5.「Rio De Janeiro Blue」は、サンフォード・アンド・タウンゼンドに参加し、自身数枚のソロアルバムを発表したリチャード・トランスの曲で、本人のバージョンは「Bareback」1977年に収録されている。AORムード溢れるジャズ・ソングで、ランディー・クロフォードもカバーしている。ピアノソロとギターソロを含め、このバンドのジャズプレイは、いまひとつシックリこない感じ。ロックバンドっぽくて。6.「Ain't No Man Righteous」はボブ・ディランの曲で、「Slow Train」1979年のセッションで録音されたが未発表になっているゴスペル曲。軽いリズムで、コーラス隊を従えてさらっと歌われる。7.「Never Make A Move Too Soon」もB.B.キングの曲で、彼がクルセイダーズと共演した「Midnight Believer」1978年に収録された。作者のスティックス・フーパーはクルセイダーズのドラム奏者。洗練された雰囲気のブルース曲でマリアの歌はリラックスしていい感じ。ソロはサックスの二人と早弾きプレイを披露するギター。 8.「What About A Price」はかなりハイな感じのゴスペル曲で、モダン・ゴスペル界のトップ・コーラスグループ、Mighty Clouds Of Joy の1979年のアルバム「Changing Times」に収録されていた。ブラスとコーラスがフィーチャーされ、エンディングではマリアのアドリブ・ボーカルが延々と続き、大いに盛り上がる。コーラスのリンダ・テイラーは、クリス・レア、バナナラマ、カイリー・ミノーグ、セリーヌ・ディオンなどに参加、ロリー・サリイは、ロリー・ブロック、ハッピー・トラウムの作品に参加した人で、後に「On The Sunny Side」M12、「Jazzabelle」M14、「Richland Woman Blues」M20ではベースを弾いている。
滝の伝説 - ピアノのテーマ
本作は、実際のライブ演奏の他に、プロデューサーのモー・フォスターやパートナーのピーター・ヴァン・フッケがパーカッションを、キャス・ジャンケル(イアン・デュリーとの活動で有名)がハモンド・オルガンを担当したとクレジットにあり、実際のライブで演奏された他に、ミキシング段階でオーバーダビングされた可能性もある。
豹柄のドレスを纏い、ウエストラインがはっきり見える写真をジャケットに掲載したマリアは40代初めの熟年お色気ムンムン。レコード1枚分だけでは、ライブの全貌を伝えることができず、8曲だけでは物足りないこと甚だしいが、当時の溌剌とした R&Bパフォーマンスを楽しむ事ができる。
Maria Muldaur : Vocal
Kenny Baron : Piano
Michael Moore : Bass
Ray Drummond : Bass (9)
Dennis Erwin : Bass (6)
Ben Riley : Drums
Angel Allende : Latin Percussion
Don Sickler : Trumpet, Flugelhorn
Frank Wess : Flute, Alto Sax, Tenor Sax
Jerry Dodgion : Flute, Clarinet, Alto Sax
Gerry Cappuccio : Tenor Sax, Baritone Sax
Mabel Fraser, Robert Sunenblick, MD : Producer
Don Sickler : Arrangement And Musical Director
Rudy Van Gelder : Recording Engineer
[Side A]
1. Masachusetts [Andy Razaf, Lucky Roberts]
2. Rio De Janeiro Blue [John Hoeny, Richard Torrance] M10 M14 E53
3. You've Changed [Carl Fischer]
4. Blizzard Of Lies [David Frishberg, Samantha Frishberg]
5. Lazy Afternoon [John Latouche, Jerome Moross]
[Side B]
6. Wheelers And Dealers [David Frishberg]
7. How Can You Face Me [Andy Razaf,, Thomas 'Fats' Waller]
8. Transblucency [Duke Ellington, Lawrence Brown]
9. Looking Back [Benton, Hendricks]
10. Where [Weston, Hnedricks] M14
収録: Van Geider Recording Studio, Englewood Cliffs NJ
1984年11月7,8,9日、1985年2月11日
マリアのアルバムの中でも最も純粋なジャズ・アルバムで、一流ジャズミュージシャンがバックを担当している。アップタウン・レコードは、1980年代後半から90年代にかけて活動したジャズ、R&B専門レーベルで、1987年MCAレコードに買収された。1990年代ではメアリー・J.ブライジの売り出しが有名。本作はCD時代到来の直前に発売され、私が購入した彼女の最後のレコードとなった。まだCD化されていないはずで中古市場で高値を呼んでいる。
1.「Masachusetts」は、ファッツ・ウォーラーとの共作で有名なアンディ・ラザフ作詞による洗練されたユーモア溢れる曲で、ジャズ界初めてのドラムスのスーパースター、ジーン・クルーパ(1909-1973)が1942年に録音。そこで歌っていたのは、当時彼との共演で名声を高めたアニタ・オディ(1919-2 006)だった。天性のリズム感と姉御肌のスケール大きさが売り物の彼女は、後にヴァーヴ・レコードからソロアルバムを多く発表する。モダンジャズ時代における白人ジャズシンガーの最高峰の一人で、後年ドラッグと飲酒で体調を崩すが、晩年は復活、2006年に亡くなるまで長いキャリアを誇った。マリアはオリジナルに負けじと、バンドをぐいぐい引っ張る歌唱をみせ、好調な滑り出しだ。トランペットとアレンジを担当するドン・スリッカーは、ラリー・コリエルやドラム奏者のT.S.モンク(セロニアス・モンクの息子)の作品に参加、自身も数枚のソロアルバムを発表している。ここではゲリー・カプシーオのバリトンサックスの伴奏が面白い味を出している。スウィングジャズ風のテナーサックス・ソロは誰かな? 2.「Rio De Janeiro Blue」は、1985年の「Faraway Places」 E53に続くスタジオ録音。曲についての詳細は前作M11を参照ください。ジャズ界最初のフルート奏者と言われるフランク・ウェス(1922- )のプレイが断然光っている。間奏部分のアップテンポのサンバのリズムに乗ったプレイはさすが。彼はカウント・ベイシー楽団や、ピアニストのローランド・ハナとのザ・ニューヨーク・カルテットや秋吉敏子オーケストラにも在籍、自身も多くのアルバムを発表している。3.「You've Changed」は、とても多くの人が歌っているが、やはりビリー・ホリデイの「Lady In Satin」1958が最高だろう。酒とドラッグで声の艶を失った彼女が老婆のようなヴォイスで歌う様は、陰惨であるが人の心を打つものがあった。ここでのマリアは、比較的あっさりとした丁寧な歌い方だ。こういったスローな曲でのケニー・バロンのピアノ伴奏は最高!彼についてはM9をご参照ください。ここでのアルトサックスのオブリガードやソロも素晴らしい。4.「Blizzard Of Lies」は本作では新しい感覚の曲で、ピアニスト、ボーカリストでもあるデビッド・フリッシュバーグ(1933- )による作品。自身による録音も1981年に発表されている。「嘘の嵐に立ち往生」という、大変知的で厳しい内容の歌詞が印象的。ビッグバンド風のブラスセクションの伴奏がカッコイイ。 5.「Lazy Afternoon」は1950年代にマルレーネ・デートリッヒやトニー・ベネットが録音した気だるい雰囲気の曲で、その後もサラ・ヴォーン、バーバラ・ストレイサンド、レジナ・ベル、パティ・オースチン等が歌っている。
6.「Wheelers And Dealers」も 4.と同じ人の作品で、急速調で緊迫した雰囲気の歌。バックに聴こえるブラスセクション、間奏のピアノソロがグルーヴィーで、ドスの効いた声で迫るマリアも最高。 ジェリー・ドッジオンは、ベニー・カーター、レッド・ノーヴォ、サド・メル・オーケストラから、ハービー・ハンコックまで無数のセッションに参加したが、自己名義のソロアルバムが一枚もないという不思議な人。ドラムスのベン・ライリーは、セロニアス・モンクとの演奏が特に有名な人で、多くのセッションに参加している。ここでベースを担当するデニス・アーウィンは、アート・ブレイキーや秋吉敏子の作品に参加したセッションマン。ジャズピアノの巨人で歌も上手かったファッツ・ウォーラーが、1934年にアンディ・ラザフと共作した 7.「How Can You Face Me」は、スローなイントロの後、軽快なテンポでスウィングする。ソロはアルトサックス。アルバムのタイトル曲 8.「Transblucency」はデューク・エリントンが1946年に発表した印象派風のジャズチューンで、オリジナル録音ではケイ・デイヴィスが歌詞のないハミング・ヴォイスを担当していた。ここでは原曲に比較的忠実なアレンジで、マリアも初期の頃を思い出させる綺麗な声を聞かせてくれる。 9.「Looking Back」はR&Bシンガーのブルック・ベントン(1931-1988) が1962年に発表したブルースで、ナット・キング・コールやダイナ・ワシントンなどのジャズ・シンガーにも歌われていた曲。ゴスペル調のブルースで、間奏のテナーサックス・ソロは心に響く好演。ベースのレイ・ドラモンド(1946- )は、アート・ファーマー、スタンゲッツ、ケニー・バレルなど多くのセッションに参加した他に、自己名義のソロアルバムも発表している。10.「Where」はピアニストのランディ・ウェストンの曲に、ランバート・ヘンドリックス・アンド・ロスのジョン・ヘンドリックス(ジャズ・インストルメンタルに歌詞を付けて歌うボーカリーズの創始者)が歌詞を付けたもの。ランディ・ウェストンはセロニアス・モンクのスタイルにアフリカ、カリブの音楽を取り入れて自己のスタイルを確立した人で、同時期 1950年代末には、代表作「Little Niles」(ジョン・レンボーンのギターアレンジで有名)がある。ここでもケニー・バロンのピアノ伴奏が完璧の出来栄えだ。
最後に特筆すべきこととして、ルディー・ヴァン・ゲルダー(1924〜 )について述べる。彼はジャズ界最高のエンジニアであり、1953年から1967年までのブルーノート・レコードの作品のほぼ総ての録音を担当、我々がイメージするジャズの音を創り上げた人だ。彼は後にクリード・テイラーのCTIレーベルの諸作を担当し、フリーとなった後はニュージャージーにある自宅のスタジオで活動を続けた。
派手なゲストがなく地味な感じがするが、ミュージシャンとマリアの心の交流が感じられる温かみのある作品だ。
Maria Muldaur : Vocal
The Swing On A Star Band
David Grisman : Tenor Banjo, Mandolin
Jim Rothermel : Clarinet, Sax, Whistle, Harmonica (11)
Steve Tamborski : Slide Guitar
Rick Montgomery : Guitar
John Burr : Piano, Keyboards
Rowland Salley : Bass
George Marsh : Drums
Roy Rogers : Slide & 12-String Guitar (8)
Rowland Salley : Bass (8)
Fred Penner : Vocal (4,9)
Jennie May Muldaur : Hamonies & Lead Vocal (3,11)
Amber McInnis : Hamonies & Vocal (6)
Little People's Chorus
Amber McInnis, Fauna Ostrow, Amanda Rose Rowan, Iona Ostrow, Ariane Lee, Diane McInnis
Maria Muldaur & The Musicians with charts by Steve Cardenas
Maria Muldaur, Leib Ostrow : Producer
1. Would You Like To Swing On A Star ? [Jimmy Burke, Johnny Van Heusen]
2. The Story Book Ball [B. Montgomery] E5
3. Cooking Breakfast For The One I Love [Henry Tobias, William Rose] M9
4. On The Sunny Side Of The Street [D. Fields, J. McHughy]
5. Never Swat A Fly [DeSylva, Brown, Henderson] E5
6. Melancholy Baby [G. Norton, E. Bennett]
7. Put On A Happy Face [L. Adams, C. Strouse]
8. The Circus Song [F. Thompson, J. Guernsey] E6
9. Side By Side [Harry Woods]
10. Mocking Bird Hill [Vaughn Horton]
11. Coat Of Many Colors [Dolly Parton]
12. Prairie Lullaby [Billy Hill] E12
13. Dream A Little Dream [Andre, Khan, Schwandt]
収録: Dave Wellhausen Studio, San Francisco
Dr. D Productions, Oakland
Studio D, Sausalito
これは大変な名盤です! 本作を紹介できるのは、私にとって大きな喜びであります。
Music For Little Peopleは、1985年に本作のプロデューサーであるレイブ・オストロウが創立した子供向け音楽専門レーベルで、一流アーティストによる質の高いオリジナル作品を数多く制作し、高い評価を得ている。その他子供向けの楽器、玩具、書籍などの通信販売事業も行っている会社だ。本作で歌われるのは往年のスタンダード曲が中心で、ノスタルジックな雰囲気なんだけど、同時に現代的な感覚に溢れているのが不思議だ。マリアを初めとするミュージシャン、ジャズ゙・ギタリストで音楽教育にも携わるスティーブ・カーデナス(一時期、マリアのバックバンドに在籍していた人)によるアレンジのセンス、製作スタッフの現代を見据える視点というか、存在感によるものであると思う。その点は、ここに収められている曲につき、当時のオリジ ナル録音と聞き比べてみると一聴瞭然なのだ。全編を覆うスウィング感が本当に素晴らしく、マリアとはイーブン・ダズン・ジャグ・バンド以来の付き合いであるデビッド・グリスマンのプレイが最高。本作ではマンドリンとテナー・バンジョ−を弾き分けており、コード・カッティングのリズムの間にさらっと珠玉のオブリガードを挿入することで、演奏に華やかさと彩を添えている。彼自身のアルバムにおける、ジャンゴ・ラインハルトの演奏を発展させたドーグ・ミュージックのソリッドなスウィングとは異なる、穏やかなグルーブ感が見事だ。彼の相棒としてギターを弾いているリック・モンゴメリーは、デビッド・グリスマン・クインテットの一員だった人で、ここではリズムギターに専念しているが、本作における貢献度は非� ��に大きいと思う。ベースのローランド・サリーは、「Live In London」M10でコーラスを担当していた人で、その後もマリアの作品のいくつかでバックを担当する。ドラムスのジョージ・マーシュはジョン・アバーンクロビーやジョー・ヘンダーソンの作品にも参加しており、スウィングに限定されない幅広い音楽性を持っている人のようであるが、本作への参加はデビッド・グリスマン、ダロル・アンガーなどの作品への関わりが縁と思われる。鉄壁のリズム・セクションをバックにマリアが、初期の初々しさを彷彿させる可愛らしい声で、子供達に向け優しく、スウィートに歌うのだから、悪いはずがない!
1.「Would You Like To Swing On A Star ?」は、1944年レオ・マッケリー監督の映画「我が道を行く」(原題 Going My Way)で牧師に扮したビング・クロスビーが歌って大ヒットしたスタンダード・ソング。この曲は、ビングが学校に行くのを嫌がった息子に対して、「学校に行かないとロバになっっちゃうぞ」と諭したのを聞いたジョニー・ヴァン・ハウゼンがインスピレーションを得て作ったものという。彼は「Here That The Rainy Day」、「But Beautiful」など、共作者のジミー・バーグは、「Pennies From Heaven」、「It Could Happen To You」などの作品がある。バンジョーとギターのリズムに対し、スライド・ギターがギューンと和音を奏でるコンビネーションにピアノとクラリネットが絡み、最高のアンサンブルだ。吹奏楽器担当のジム・ロサメルは、サンフランシスコをベースに活躍し、自己のジャスバンドの他に、ボズ・スキャッグス、ポインター・シスターズ、ジェリー・ガルシア、スティーブ・グッドマン、ダン・ヒックスなど多くのセッションに参加している。彼の演奏は、本作以降マリアの作品の多くで聴くことができる。ピアノのジョン・バーは、アリソン・ブラウン、ロベン・フォード、オレゴンのポール・マッキャンドレスなどの作品に参加し、自身1枚のソロアルバムを発表、後にマリアの常連ピアニストの一人となる。女の子のコーラスを従えて歌う マリアのボーカルも好調そのもので、この歌が本作のために作曲されたかのように聴こえるほどだ。ビング・クロスビーによるオリジナル録音と聴き比べると、この曲が如何に粋で現代的であるかが、よーく分かるよ! 2.「The Story Book Ball」は、「今から話をするよ〜」というマリアと子供達の会話からスタートする。スローテンポのイントロからアップテンポへの曲調の変化がスリリングで、マリアのボーカルの生き生きとしていること!! 早口言葉のような歌詞を強烈なドライブ感で歌い切り、ボーカリストとしての著しい進歩を見せてくれる。なおこの曲は、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドの「See Reverse Side For Title」1966 E5でジムが歌っていた曲。
3.「Cooking Breakfast For The One I Love」はM9の再演で、マリアともう一人の女性ボーカルとの掛け合いで歌われる。クレジットにはないが、声質から娘のジェニー・マルダーに間違いないだろう。間奏のソロはピアノとクラリネットで、台所作業のノイズが効果音で入る。コードを散りばめるピアノ、和音をうねらせるスライド、そしてリズムセクションの一体感が大変魅力的。4.「On The Sunny Side Of The Street」は明るく健康的なスウィングエラ 1930年の名曲で、フランキー・レインのヒットが有名。作者のドロシー・フィールズは、「The Way You Look Tonight」、「I Can't Give Anything But Love」などの名曲を書いている。ここで共演する男性ボーカルのフレッド・ペナーは、子供向け番組で成功した人で、ニッケルオデオン(子供向け番組専用ケーブルチャンネル)の「Fred Penner Place」は長寿番組として有名。自身多くのソロアルバムを発表している。歌のお兄さんのような明るく誠実な歌声で、マリアを相手に気持ち良さそうに歌っている。5.「Never Swat A Fly」もジム・クエスキン・ジャグ・バンドのレパートリーからで、イントロの蚊の羽音と叩く手の効果音や基本的なアレンジも同じ。E3では前半をジェフ・マルダー、アップテンポになってからの後半をマリアが歌い、マリアが演奏するフィドルがフィーチャーされていた。虫にもロマンスがあり殺してはいけないという「生類憐みの令」的な歌詞がユーモラスで、後半はチップモンク処理を施したコーラスと一緒に歌う。6.「Melancholy Baby」はグリスマンのマンドリンのトレモロが切ないスウィートなアレンジで、マリアもシュガーヴォイスで歌う。ピアノ、スライドギターのドリーミーでロマンチックな調べも素晴らしい。 マリアの歌はセカンド・ヴァースまでで、サードヴァースは子供のアンバー・マッキニスが歌うことで、本作においては恋人ではなくて母娘の歌であることが分かる。サックス・ソロ、ハミング・ヴォーカルの後、エンディングは二人の合唱となる。7.「Put On A Happy Face」は、1960年のブロードウェイ・ミュージカル「Bye Bye Birdie」でディック・ヴァン・ダイク(日本ではジュリー・アンドリュースと共演した映画「メリーポピンズ」で有名な人)が歌った曲。エルヴィス・プレスリーの入隊騒ぎのパロディーといった筋書きのミュージカルは1963年にジョージ・シドニー監督により映画化。そこではジャネット・リー、アン・マーグレットといった若手女優が注目された。作者のチャールス・ストラウスは、その後も「アニー」などのヒット作を出した人。この曲は全米ヒットチャートには登場しなかったが、当時話題となったトニーベネットを初めとして、ジョニー・マティス、ブロッサム・ディアリーなどのジャズ・ポピュラー系のシンガーや、シュープリームス、スティーヴィー・ワンダーといったソウル音楽のアーティストにも取り上げられスタンダード� �なった。マリアのリードと子供達のコーラス隊との掛け合いが楽しく、間奏における子供達への励ましの言葉など、マリアと子供達の心の絆が心に響く。親しい人達による家族的なプロダクションだからこそ可能な音楽の魔術がある。
8.「The Circus Song」はジム・クエスキン・バンドが「Garden Of Joy」 1967 E6に吹き込んでいたユーモアたっぷりの曲で、そこではジェフ・マルダーがリードボーカルを、マリアは後半のコーラスを担当していた。この曲のみ他とは別のセッションの録音で、同じレーベルの製作によるオムニバス盤「Family Folk Festival」1990 E63に収録された2曲のうちのひとつだった。サウンドコンセプトは異なるが、曲の出来が良かったため、あえて本作にも収めたのだろう。12弦ギター、スライドギターを担当するロイ・ロジャース(1950〜 )は、ジョン・リー・フッカー、ボニー・レイット、リンダ・ロンシュタットのセッションに参加、自身もアルバムを発表し、主にブルースのインストルメンタルで高い評価を得ている。ここでは12弦ギターのフィンガー・ピッッキングにスライドギターをオーバーダビングさせて独特のサウンドを作り出した。ベースのローランド・サリイが歌詞に出てくる動物の鳴き声を真似ている。9.「Side By Side」は4.と同じ雰囲気の曲で、フレッド・ペナー、子供達のコーラスと一緒に楽しそうに歌う。1927年のポール・ホワイトマン・オーケストラによる録音の他、1953年のケイ・スター録音によるヒットが有名。 10.「Mocking Bird Hill」は、1951年パティ・ペイジとレス・ポール・アンド・メリーフォードでダブルヒットした牧歌的雰囲気溢れる佳作。パティ・ペイジ(1927〜 )は当時人気絶頂で、「(How Much) The Doggie In The Window」、「Tennessee Waltz」といったおっとりした曲が代表作。本作ではマリアは、小鳥の効果音、子供達のコーラスと一緒にドリーミーに歌う。11.「Coat Of Many Colors」はカントリー音楽界の歌姫、ドリー・パートンが1971年の同名のアルバムに収録した曲で、最も好きな自作曲とのこと。貧しかった子供時代、母親が作ったツギハギだらけのコートの思い出を歌ったもので、マリアは本作の解説で、自身の思い出とオーバラップすると書いている。ここでは娘のジェニーがリードボーカルを担当(彼女の声はドリーに似ている)し、マリアはハーモニーを付ける。この曲のみカントリー曲風のアレンジであるが、マンドリンやギターの巧みな演奏により違和感はなく、美味なデザートのような爽やかさがある。12.「Prairie Lullaby」は、「Pottery Pie」1970 E12でジェフ・マルダーが歌っていた曲。カントリー音楽の父といわれるジミー・ロジャースが1932年に吹き込み、その後もマイケル・ネスミス、ドク・ワトソンなどのカバーがある。伸び伸びとしたメロディーが魅力的で、エンディングではジミー・ロジャースお得意のヨーデル唄法がでてくる。スローな曲が続き、うっとりしたところで、最後の曲んはますますドリーミーに、スウィートにということで、13.「Dream A Little Dream」は極めつけの1曲。1931年に発表されルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、ドリス・デイ、エラ・フィッツジェラルドなど多くのジャズシンガーに歌われたが、テンポを落としてじっくり歌ったママ・キャスの録音が最高。ママス・アンド・パパス解散直後の1968年シングルカットされ、全米12位のヒットを記録した。マリアのバージョンは、ママ・キャスのメランコリーな雰囲気を引き継ぎながら、歌詞を恋の歌から子供向けのララバイに変更、マンドリンのトレモロ、ピアノのアルペジオ、クラリネットのソロ、間奏のハミングのバックに流れるスライドギターの調べなど、チカチカと輝く満天の星を眺めているような気分になる。マリアの唄には底知れない愛情が感じられる。
本作は、子供向けの作品という体� �をとりながら、マリアが子供時代に聞き親しんだスタンダード曲や、音楽キャリアの原点であるジャグバンド時代のレパートリーを取り上げ、自身の音楽スタイルが現在に至るまで不変であることを証明した会心作となった。何度聴いても飽きることのない、音楽にたいする稀有な愛情に溢れた作品だ。
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